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◇現地報道(ウルドゥー語紙、英字紙など)を日本語訳し、補足解説を付け加えています。また、現地の情報源を通じた独自情報もあります。

基本情報・用語集
◇報道に登場する地名など日本ではわかりにくいと思われる情報をまとめてこちらに掲載しています。

救援者のためのウルドゥー語会話集
◇パキスタンの国語・ウルドゥー語の救援者向け会話集。日本語との対照表になっています。

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◇パキスタン地震関連・ウルドゥー語関連のリンク集です。

地震関連活動報告
◇大阪外国語大学構内での募金活動に関する報告

大阪外国語大学
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▽今回の地震に関する基本情報
(米国地質研究所(U.S.Geological Survey)の情報を参考に作成)

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地震の規模  マグニチュード7.6
発生日時   2005年10月8日(土曜日)午前8時50分38秒
震  源   北緯34度40分、東経73度56分 深さ10km



▽パキスタンの地名について
 パキスタンの地名は日本人には耳慣れないものです。ここでは、地名を理解するために、いくつかの特徴を記します。
   「アーバード」は接尾語で「〜市」の意味。「イスラーマーバード」は「イスラームの町」。「アボッターバード」は「(英領期インドのイギリス人官吏)アボットの町」。「ムザッファラーバード」は「ムザッファル(人名)の町」の意。
 「ナガル」は「町、都市、農村の町」の意。(例)「スリーナガル」。「コート」は「城、要塞」の意。(例)「ハサンコート」「バーラーコート」など。「プール」は「町、市、村」などの意。「シンガポール」の「ポール」も同じ。(例)「アッバースプール」。
加賀谷寛『ウルドゥー語辞典』(大学書林)を参照のこと。


▽アボッターバードについて
 ハザーラ・ディヴィジョン(行政区)の中心都市およびその行政区の名。その歴史は6世紀前のティムール時代に遡るといわれ、ティムールがこの地域を支配したと伝えられる。
 その後地元の支配者やスィク教徒に統治され、スィクの統治者ハリースィングの名にちなんで「ハリープール」と名づけられた。19世紀半ばにイギリスがこの地域を支配下に置いたとき、ジェームズ・アボットが初代副弁務官として着任したことで、1858年、この町の名前がアボッターバード(アボットの町)に変更された。
 パキスタン独立後、1976年に行政区「ディヴィジョン」に昇格した。このディヴィジョンの中に、アボッターバード、マーンセヘラー、コーヒスターンの3県が設置された。アボッターバードから8キロ離れた場所にはパキスタン陸軍士官学校があり、現在アボッターバードといえば士官学校の町の印象がある。
参考文献:Saiyid Qaasim Mahmuud. 1998, Encyclopedia Pakistanica(ウルドゥー語), Shahkar Book Foundation.


▽ムザッファラーバードについて
 アーザード・ジャンムー・カシュミールの首都及び首都を含む郡の名。四方を山に囲まれており、その一部は万年雪を頂く。インダス川の源流の一つジェへルム川やニーラム川が近郊を流れる。インドと国境を接する北東部は森林地帯になっている。同地区にはムザッファラーバード、ウトゥマカーム、ハニヤーンの3郡がある。
 ムザッファラーバード郡にはガリー・ドゥパッター、チャッタルクラース、チーラバーンディー、カモーリー、チャッタルドーミール、ダッナカチーリー、グージュラ、バラールコート、コートコー、コーハーラ、ドーミールなどの村がある。
 多くの村はニーラム川沿いに発達している。ムザッファラーバードは「4つの谷と2つの川の町」と呼ばれる。4つの谷とはジェヘルム、ニーラム、コーハーラ、クンハールがあり、2つの川とは前述のジェヘルム、ニーラムである。
 17世紀半ば、ムザッファル・ハーンによって統治され、その名前にちなんで「ムザッファラーバード(ムザッファルの町)」と名づけられた。また、この町からカシュミールの山岳部が始まることから「カシュミールの門」とも呼ばれている。
参考文献:Saiyid Qaasim Mahmuud. 1998, Encyclopedia Pakistanica(ウルドゥー語), Shahkar Book Foundation.


▽アーザード・ジャンムー・カシュミール(AJK)について
 「アーザード」とは「自由な」「独立した」を意味する。その面積は1万3297平方キロ。
 1947年8月にインドとパキスタンがイギリスから独立した際、カシュミールの藩王はそのいずれに帰属するかを表明しなかった。そこにパキスタン側から民兵が入り、藩王は同年10月にインドへの帰属を表明、インド軍への支援を要請した。
 民兵とインド軍の戦闘は、その後パキスタンの正規軍投入によって1948年5月、第1次印パ戦争へと発展した。国連の仲介のもと、1949年1月にインドとパキスタンの間で制定された管理ラインにしたがい、北方地域とAJKがパキスタンの管理下に入った。
 国連は住民投票での帰属決定を勧告したが、この地域の住民にはムスリムが多く、インドは同地域からのパキスタン軍撤退を主張して住民投票を受け容れていない。
 ただ最近は印パ両国間で政治的交渉が進み、カシュミール地域内での往来が可能になっていた。
 日本人のなかには、アニメ「風の谷のナウシカ」のモデルと言われるフンザ地方や、その北に位置する中国との国境であるフンジェラーブ峠などのある北方地域を旅する人があるが、AJKへの旅行者はあまりいない。この地域に入るにはイスラーマーバードの外務省から許可を得なければならない。 (広瀬崇子他編『パキスタンを知るための60章』明石書店から引用)


▽断食について
 震災の被災地にすむ住民の大多数はイスラーム教徒です。そしてそのイスラームでは、「六信五行」とよばれる、信者が具体的に表現しなければならない行為が規定されています。六信とはアッラー、天使、啓典(クルアーン(コーラン)など)、預言者(ムハンマドなど)、来世、予定(運命」)で、五行とは、信仰の告白(アッラーのほかに神はなしムハンマドはアッラーの預言者である、ということを信じ、これを述べる)、礼拝、喜捨、断食、メッカへの巡礼を指します。断食は五行のなかの義務です。
 イスラーム暦の9月であるラマザーン月の1カ月間、イスラーム教徒は日の出から日没まで飲食を慎みます。つばを飲み込むことや喫煙、性交を含む性行為は禁じられます。なお子供(思春期前)、病人、妊婦、旅行者、戦地にある兵士などは対象外とされます。なお、旅行者や戦士は、のちに断食の埋め合わせが求められます。
 一般的に、断食期間中のムスリムは、未明に起き、早い朝食を摂ります。これをセヘルと呼び、その食事をセヘリーと呼びます。その後日の出前の礼拝をし、その日の断食を始めます。断食が始まるときや明けるときには町中でサイレンが鳴り渡ります。期間中、学校や会社の中には始業時間や終業時間を1時間程度はやめることもあります。毎日の断食明けをイフタールと呼び、そのときに食べる食事をイフターリーと呼びます。イフターリーではまずサモーサやパコーラと呼ばれる揚げ物や、ナツメヤシの実、ミルクやシャルバットと呼ばれる果実などを煎じたシロップを飲み、その後日没時の礼拝をして、本格的な夕食となります。
 断食期間中、クルアーン(コーラン)を章で区切って読み続けることもあります。
 そして最終日の夕方、月が見えたことが確認されると、断食月があけます。もし雨天などで月が見えなかった場合は、1日を限度に断食が延期されます。
 断食明けは「イード」(チョーティー・イード、イードゥル・フィトル)と呼ばれ、子供達には「イーディー」と呼ばれるお年玉が振る舞われます。その額面は決して高くはなく、「気持ち程度」のものであることが一般的のようです。この日、早朝にムスリムは「イード・ガーハ」と呼ばれる、イード用の集会所(モスクがある、町はずれの場所)に集まってイード明けの礼拝を行い、肩を抱き合って「イード・ムバーラク」(イードおめでとう)と言い合います。このときはおせち料理のようにミルクと砂糖で煮込んだ甘いそうめん「セウィヤーン」などを食します。
 今回の地震でパキスタン人の知人達から本学学生達に対し、「イードを祝う気持ちになれない」という声が聞こえてきました。ですから、今年のイード(11月4日頃が予定日)での人々の祈りは普段にも増した感情が込められるのかもしれません。


▽パキスタン人の仕草や、それに伴うウルドゥー語の間投詞などについて
人を呼ぶ場合: 日本人が犬や猫を追い払うときに使う「シュシュ」に近い音を出す(目上には使わない。目下の者に注意を喚起させる場合)。親しい仲間、同僚には、ヤール、バイー、バイヤーなどの語彙を用いる。
悪いことが起きた場合: 舌を使って「チュッチュッチュ」に近い音(小刻みな舌打ち)を出す。
痛みの表現: 口をとがらせ「シューッ」に近い音を立てながら息を吸う。
悲しみの表現: 両手で頭を抱えるか、両手で頭をたたく、もしくは胸をたたく。首を横に細かく早めに左右に振る
喜びを表現する場合: 互いの右手のひらをたたき合う(手を合わせるのは上下)
意見が対立したあと、一定の結論に達した場合: 手を握り合って「チャロー・ティーク・ハェ」などと言い合う。
>耳がかゆい場合: 人差し指を耳に入れて、激しく回す。
同性同士で手をつないで歩くのは、単に親愛の情を示しているだけで、それ以外の意味はない。
親しい挨拶:友人どおしが出会うと、3回肩を抱いて(左・右・左の順)挨拶する。ただし、異性に対してはやらない。
でかした!やるじゃないか: ウインクで表現する。
肯定する場合: 首を横に振る。
どうしたんだ、なんだ?と相手に尋ねる場合: 右手で野球のボールをつかんだような状態で、腕を上に向け、肘から先を(金庫のダイヤルを回すような動かし方で)くるくると回す。
しまった: 舌を出す。
残念なことが起こった場合に発する言葉: オッホー(のように聞こえる。アクセントは「薩長」のように「オ」にある)
困難に直面した瞬間に出る言葉(例:やけどをした瞬間、無惨な光景を見た瞬間など): ウフ(オフ)
交渉での最終的な条件を言ったあと: 「ヤール、プリーズ」と言いながら、作り笑いを浮かべる。
幅を示す場合は、日本人と同様両手で示すが、長さは指の先から肘の方に向かって示す。
作業や前途に希望が見えない場合: 目を細めて、顔を少ししかめつつ、首を左右に振る。
おなかが減っている、食事を欲する場合: 右手の手先をすぼめて口元にあてる。
日本人が「彼女」を意味するように小指をたてる: 小便に行きたい
くしゃみをしたあと: アルハムドリッラー
あくびをしたあと: アッラー・アクバル

▽カシュミール地方、北方地域の詳細図(地図をクリックすると、拡大されます)

(Gilgit Agency and Jammu & Kashmir. 1985 (3rd. Edition) Survey of Pakistan, Government of Pakistanを元に作成)

▽ムザッファラーバード市街図(地図中のご覧になりたい部分をクリックすると、拡大されます)

Muzaffarabad Guide Map (Survey of Pakistan)を元に作成

▽アボッターバード市街図(地図中のご覧になりたい部分をクリックすると、拡大されます)

Abbottabad Guide Map (Survey of Pakistan)を元に作成

▽マリー市街図(地図上のご覧になりたい部分をクリックすると、拡大されます)

Murree Guide Map (Survey of Pakistan)を元に作成

▽イスラマバード市街地図(地図をクリックすると、拡大されます)

(http://www.gharpakistan.com掲載の地図をもとに作成)

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