留学体験談 「デンマークにおける労働体験」 長澤 杏(留学時3年生)
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【留学先学校名】
・ Brenderup Højskole(2012年8月~2012年12月)
・ Vrå Højskole (2013年2月~2013年5月)
毎年毎年、史上最高気温を記録し続ける日本の猛暑を抜け出し、降り立ったのはそよ風が頬をなぜるデンマークは首都コペンハーゲンの空港であった。何物も視界を遮ることなく仰ぎ見れる真っ青の大空に、色鮮やかな路傍の花々と日本とは異なる大地の匂いが留学を開始したばかりの私を優しく受け入れてくれたことは、すでに懐かしさを持って思い出される。あんなに快適な夏は久しく過ごしていなかった。
一年間の留学を終えて、思い出されることは様々ある。しかし、一口に「留学体験談」と言っても私の回想をひたすら披露し続けることは憚れる。加えて、デンマークにおける留学の実情や学校事情を知るには、デンマーク語専攻の同級生諸君や先輩方の体験談を読まれた方がはるかに有益だろう。ここで私に残された体験談のテーマと言えば、デンマークで幸運にも経験させて頂いたインターンシップ体験だと思う。
私は2校のFolkehøjskoler(敢えて日本語訳するならば、国民高等学校が一般的である。
この種類の学校についてはデンマーク語専攻諸君が執筆した他の体験談を参照されたし。)を卒業し、2013年5月半ばからコペンハーゲンに事務所を構えるTumlare
Corporationで約3ヶ月カスタマーサービスのお仕事を手伝わせて頂いた。業務内容は主に日本から受け入れるお客様のお問い合わせに答えること、またデンマーク入りされたお客様が旅行をより快適に過ごされるためのお手伝い及び手配である。
インターンシップでは、日本との労働環境や状況との違いに驚きの連続であった。
ここでは、私が感じたデンマークにおける労働観をお話したい。
私のインターンシップ先では所謂フレキシブルタイム制度を導入していて、週に決められた時間をきちんと就労していれば、基本的に何時に来て何時に帰っても良かった。日本でちょっとしたアルバイト経験があった私には、仕事に行く時間も帰る時間も決まっていないというのは、なんとも驚きであった。したがって、たとえば人によっては1日の労働時間を増やして、週休3日にしたり、朝早くに来てお昼ごろには帰ってしまったり本当に様々であった。すでに帰ってしまったスタッフに対して連絡が入り、「担当はすでに帰宅した」「担当者は休みだ」という受け答えも珍しくなかったし、それが普通の光景であった。さらに休暇についても1週間ほどのものを年間で複数回取得するのが普通であった。むしろ規定に日数は休みをとることが義務であった。これは、労働組合が勝ち取った労働者の権利だからである。権利を行使するのは、権利者の義務である。権利を行使しないのは、自ら権利を放棄して自分の首を絞めることである、というのは私がデンマークで学んだ民主主義の大原則のうちの一つである。オフィスでお世話になった日本人のスタッフの方も、夏には南国の孤島へバカンスに行かれていたし、秋には日本に一時帰国されるお話をなさっていた。要するに、仕事をきちんとこなしていれば、従業員が自分でワーキングスケジュールを完全にコントロールできるのだ。このように文章に起こすと、なんとも当然のように聞こえる。しかし、一体どれほどの日本企業がこのこと実践できているであろうか。
この話をデンマーク人と話していたときに言われた印象深い一言がある。それは、私がデンマークにおける就業体制と日本の現状を比較して話していたときに発せられた。彼曰く、デンマーク人は「働くために生きるのではなく、生きるために働く」のだそうだ。確かにもっともな意見だ。私の話を聞いた彼は「自分を犠牲にするような働き方は、そもそも労働の本意と乖離しており、本末転倒だ」と言った。私はこの原理的な発言に目を覚まされたような気がした。さらに、彼に問われて答えることができなかった質問がある。それは「日本人はそこまで必死に働いて、いつ人生を楽しむのか?」という問いだ。私は正直言葉に詰まってしまった。苦し紛れに「退職後ではないか?」と返せば、「人生の終盤に差し掛かってからいかほどのことが出来ようか」と間髪を入れず突かれてしまった。もっともだ。彼ら、デンマーク人の人生基準は「いかに人生を楽しめるか」である。仕事も教育も自分の人生を充実されるための方法にすぎず、目的ではない。もちろん、これもデンマーク人特有の人生観ではないだろう。しかし、このことを意識して生活できている日本人は多くはないのではないか。ただ追われるように毎日を過ごして、このような原点回帰は中々できない。
このように日本からデンマークというまったく異なる環境に身をおくことで、改めて自覚される真理がある。それは全く新しい概念やアイデアではない。しかし、日本にいて忙しさに身を費やしていては改めて考えたり、感じたりするのは難しいことである。このことが、留学の醍醐味で、このときに気づかされた考えを日本に帰国した今も失念しないことが今の課題である。留学というのは、生活環境をわざとガラッと変えるという側面がある。当然である。日本ではない国に行くのであるから。すべてが新鮮で異なる。時間の流れ方さえ違って感じる。そうして、日本とは違った環境に身をおいたことで改めて気づかされる事実や考えがある。自分とは全く異なる文化背景を持った人たちとの何気ない会話の中に、また真理を見つけることもある。
私の場合は、この就労体験から、改めて「働く意味や目的」ということを考えされた。それは、大学を卒業した自分を考える上でとても大切なことである。この経験を通して学んだことを今後も忙しい日々に埋もれさせることがないように、気を引き締めなおして、この留学体験談の筆を置きたいと思う。